N山の会 序文
私が書いたものを抜粋しました。


1979年(昭和54年)5月 

“登山道(とざんどう)”とは

あなたは次のQ1,Q2の質問に対して、どのように答えるだろうか。

Q1―登山とはスポーツなのか?

Q2―登山の本質とは何か?

Q1は、例えば柔道はスポーツなのか、武道なのか、という質問と似ている。

私は柔道はスポーツではないと思っている。なぜならば、スポーツには技巧的なウエイトが大きく、精神的なもの、または思想的なものが少ないからだ。技を磨くことによって精神を鍛え、心を豊かにする。これが武道の心である。

登山も、これと似ているのではないだろうか。より困難、より極限の山を目指す。
これは自然との闘いに勝ち、苦しみを克服することによって自信と喜びを得る。

山を通して自然愛、人間愛を学び人間形成がおこなわれる

ここに登山の本質があるように思う。私は柔道、空手道、茶道、華道と同様に
登山道(とざんどう)”という言葉を提案したい。

そして N山の会の仲間よ、お互いに、この登山道の道をきわめようじゃないか。

N山の会の後ろに道はない
N山の会の前に道がある
このすばらしい人間集団に幸あれ!
N山の会に平安
N山の会に栄光


1980年(昭和55年)2月 

“登山道(とざんどう)”を目指そう

山に向かいて云うことなし

山は良きものかな

この山という広大なものと人間というちっぽけなものとの合体、それが登山という行為である。私は、この大きなものに必死にとりくんでいる人間の姿が最も美しいと思う。

たとえ一匹の蟻になっても良いではないか。一歩一歩前進していこう。

そして人間形成を目指していこう。

この良き人間集団“N山の会”に幸いあれ!

N山の会に未来と栄光あれ!


1981年(昭和56年)2月 

登山家とは…

岡部一彦の「山の足おと」という随筆の中に、こんなことが書かれてあった。

ガイドブックにない山や記述のない未知のルートを探れるようになって初めて
登山家といえるのである。
登山道や山小屋、キャンプ場のみを頼りに登るとすれば登山家ではなく登山客である。

と。

我々は登山客でなく登山家を目指さなくてはならない。

真の山ヤにならなくてはならない。ここで本当の山ヤとはどんな人なのかということを再認識していき、新たなフレッシュな気持ちで山に向かっていこうじゃないか!

山登りは危険が一杯である。しかし、その危険性をできるだけ少なくすることはできる。

それには体力、技術、気力が必要だと思う。今後、この3つを、たとえわずかでも蓄積していき、より良いすばらしい山行を続けていこうじゃないか!

N山の会に幸いあれ。
N山の会に未来と栄光あれ。

1981年(昭和56年)7月 

いつまでも山への情熱を忘れるな

「なぜ山に登るのか」と問われる。そんなことはどうでもよい。

ただ山に行きたいという気持を大切にしたい。山に行くのに理由など要らない。

“こんな山に行きたい”と思えば、それに向かってプランをたてて行動すればよい。

その中で我々はN山の会の一員だということを銘記してN山の会に恥じないようにしなければならない。

そして山に対する情熱を、いつまでも持ち続けていこうじゃないか!


1981年(昭和56年)11月 

安全登山を目指そう

私は大地のそそりたつ力を心に握りしめて山に向かった

山はみじろぎもしない

山は四方から森厳な静寂をこんこんと噴出した

これは高村光太郎詩集の「山」というタイトルの冒頭の部分である。

ずっしりと山の重量感を感じる。困難な山であればあるほど、より一層、
その感じが強いことだろう。N山の会の諸君の心にもどっしりと山が存在している事と思う。

そして、それは各人の心の支えとなっているのではなかろうか。

とすればそれを崩してはいけない。一つ一つ築き上げていかなければならない。

そしてエベレストよりも、もっともっと大きいものを造っていこうじゃないか。

N山の会という良き人間集団の中で良き人間形成を目指していこうじゃないか。

最近、ヒマラヤの遭難事故が増えている。
事故の原因は色々あると思うが決して結果だけに心を奪われてはならない。
過程にこそ登山の意義があるのではなかろうか。
これらの事故を反面教師として安全登山をやっていこう。ちょっぴり冒険心も忘れずに。


1982年(昭和57年)4月 

登山という武道

登山はスポーツではない。スポーツを超えた現代の武道だ。
垂直の世界に自分の身を置き、それと闘う人と自然の命のやりとりだ。
ダメになったら、とことんたたきのめされてしまう過酷な闘いなのだ。

これは長谷川恒男さんの「岩壁よ、おはよう」の中の一節である。

確かに登山は武道といっても過言ではない。ずっと奥深くその道が続いている。

なかなかその真髄に触れることができない。
武道の本質は追極的には自分との闘いにあると思う。
山然り。

N山の会の仲間よ、登山という一つの武道を目指してがんばろうではないか。

そして一歩一歩昇級、昇段と階段を踏んでいき、少しでも登山の真髄に近づこうではないか。


1982年(昭和57年)10月 

山を遊びつくせ

山ヤであれば誰でも「あの山に行って楽しかった。おもしろかった。もう一度行きたい」
と言えるような山行を何回もやりたいと思うことだろう。

「山を遊びつくせ」の著者である柏瀬佑之氏は、その書物の中で次のように述べている。

頂上へ登りきる、渓谷を遡りきる、岩壁を攀じりきる。そのきった時、
目的を果たした時の「達成快感」は確かにすばらしい。
だけど、どんなふうに登るか、いかに遡り、攀じるか、
そのスタイルから得られるいわば「過程快感」も見逃しにできない。

達成快感は「食物を食った」満腹感。過程快感は「食物をうまく食う」味感。

その双方が一対にそろってはじめて料理は愛でられるし、登山は興じられる。

我々は、この過程快感を充実したもの、またより一層の快感を味わえる
山行をやっていきたい。

N山の会の諸君、多いに山を遊びつくそうではないか。エンジョイしようではないか。


1983年(昭和58年)3月 

冬山訓練に参加して

2月に冬山総合訓練が3日間おこなわれた。
その中の一つに雪中における遭難救助法があった。
シミュレーションとして雪崩に遭った場合に負傷者をザイルを利用して
背負搬送をおこなった次第だが、一人の人間を数メートル運ぶのに数人の人間を要し、
担ぐものは呼吸困難を覚えるほどだった。

これとて各メンバーのチームワークがうまく合わなければ成功するものではない。
救助する者は冷静な判断のもとに無謀に走らず限界を知って、
決して二重遭難をしてはならない。

N山の会の仲間よ!人に迷惑をかけることは絶対に避けようじゃないか。その為にはセルフレスキューを学び、雪山を楽しめるようになりたいものである。


1984年(昭和59年)4月 

深く心に残る山行とは…

今や、マッキンリーでの植村直己さんの消息が心配だが、朝日新聞の天声人語の中に、
彼がこういっている、と書かれている。

高い山に登ったからすごいとか偉いとか、いう考え方にはなれない。
山登りを優劣でみてはいけないと思う。
要はどんな小さなハイキング的な山であっても
登る人自身が登り終えた後々深く心に残る登山が本当だと思う。
”と。

「山高きが故に貴からず」という言葉があるが、まさにその通りだと思う。

しかし、深く心に残る山行というのは安全に帰宅して、初めてそれが云えることであって遭難してしまっては何にもならない。不成功だ!失敗だ。

これは我が会長Tさんがいつも云っていることである。
とかく下山の時、気がゆるみがちだが下山の時こそ、最大の注意を払わないといけない。

発明王エジソンは「成功は99%の努力と1%のインスピレーションだ。」と云っているが、山は1%の失敗が100%の失敗を招き、99%の努力も無駄になることもある。

N山の会の仲間よ!深く心に残る登山ができるようにStep by step頑張っていこう!


1984年(昭和59年)8月 

体力トレーニングを実践していこう

山ヤなら誰でも、ビッグな山行、心に残る山行をしたいと思うだろう。

しかし、大抵の人は「ついていけない、体力がない」などと言って、
諦めたりしてはいないだろうか。
そこから逃げるのではなく、積極的にチャレンジしてみよう。

ZEN(禅)の世界では形(姿勢)を重んじ、心の中へと入っていくが、
山の場合も同じであって体力トレーニングをやっていくにつれて、
山への情熱も大きくなっていくように思える。

私も山行から離れていた時があり、体力が衰えていくのを感じ山行に不安を覚えた。
これではいけないと思い、自分なりの体力トレーニングを実践していき、
やっと普段の山行に自信を持つことができた。

体力の3S(エス)という言葉がある。

筋力(Strength)

持久性(Stamina)

柔軟性(Suppleness)

この3つを考えながらトレーニング効果を高めていかねばならない。

私の場合、筋力はバーベルによって、持久性はランニングによって、柔軟性はストレッチ運動によっておこなってきた。

N山の会の諸君!毎週山行に参加するにこしたことはないが、
たとえ色々な事情で参加できなくとも、いつでも山行できる状態にもっていくように日々
、体力トレーニングしていこうじゃないか!
気長にあせらずやっていこうじゃないか!


1984年(昭和59年)12月 

山に行って感動しよう

秋は夕暮れ。冬はつとめて(早朝)

金色の燃えるばかりの紅葉の美しい秋、また夕暮れ時の夕焼けの美しい秋も
間もなく終わろうとしている。

そして冬の到来が始まろうとしている。清少納言は、
冬は早朝、雪が降っている景色に趣(おもむき)がある


と「枕草子」の中に書いている。

私は、早朝、天幕から出た時に観る輝く朝日の美しさ、
そして、その光(モルゲンロート)が雪山を紅く染めている美しさに
身体が震えるほど感動する時がある。

映画解説者の淀川長治(ながはる)氏は「毎日一つだけでも感動しなさい。」と云っている。

ややもすると私達は感動することさえも忘れかけているのではないだろうか。

山の目的はピークハントにあるが、その過程で
五感を充分に働かせ、思い切り感動してみよう
大声で「きれいだ!すばらしい!」と叫んでみよう。

山に行けば自然の音楽(鳥の声、風の音etc)が聴ける。
また生の絵画が目の前に拡がっている。

N山の会の諸君!常に自然を愛し、山への情熱を忘れずに、
心をいつもリフレッシュにして、美を追求する、はしくれの芸術家になろうじゃないか。


1985年(昭和60年)5月 

会とは…

N山の会の規約に、こう書かれている。

 スポーツアルピニズムを追求する

 完成された人間像を追求する。

スポーツアルピニズムとは、より困難、より極限へ向かっての山への挑戦である。

またそれは、絶えまざる自己へのレベルアップ、自己への挑戦でもある。

そのエネルギーをN山の会という集団の中で生かし続け、登山活動を通じて、
自己への人間形成を行なっていただきたい。

N山の会諸君は、上記のことは、既におわかりだと思うが、
もう一度、再認識してもらいたい。

要するに、会とは、自分の持つ山へのエネルギーを爆発させる場であり、
そうすることによって、一歩でもはばのある人間(人間愛、自然愛のある人間)
になってもらいたいと切望する次第である。

N山の会に未来と栄光あれ


1985年(昭和60年)11月

もし(if)…

これから冬山シーズンが始まるが、山に行くとどんなことが起きるか分からない。

しかし、何が起きても、それに対処できるようにしておかなくてはならない。

私はいつも「もし…ならば」と考える。もし水場に行って水がなかったならば。

もし夜中に歩くような羽目になったならば。もしビバークするようになったならば。

もし寒くて寝られなかったならば。もし道に迷ったならば。
もしメンバーの調子が悪くなったならば。
もし天気が悪化したならば。

もしその時は、それらのことをできるようにトレーニングすれば良い。
水や食物がなくても、歩けるトレーニング、また夜中でも歩けるトレーニング、
ビバーク訓練、寒くても寝られるように耐寒訓練、ボッカ訓練
etc

これらのトレーニングをこなしていったならば、
さぞかし山に行っても落ち着いた判断ができ、楽しい山行となるだろう。

N山の会の諸君!我々はまだまだやらなければならないことが一杯あるんじゃないかな。


1986年(昭和61年)5月 

一期一会(いちごいちえ)

忙しい時、行きたい山に仲間と一緒に行かれない時がある。そんな時はつらい。

「山は逃げない。」と友人は言うが、この時を逃したら山にいけないような気がする。

禅の世界で「一期一会」という言葉がある。「人に会う時は、これが最後と思って、
その人によくつくしなさい。」という意味なのだが、
山についても同じことが云えるのではないだろうか。
山に登る以上は最善をつくして登りなさい。これが最後だと思って登りなさい。
とアラーの神ならぬ山の神がそのように耳元でささやく。

N山の会の諸君!一つ一つの山行を大切にして、全エネルギーを、
その山行に傾注して山へのすばらしき思い出を一つでも多くつくっていただきたい。

山はアミューズメントである。山は楽しむ為のものである。

N山の会の仲間よ!山に尻込みしないで山に行ける人は
どんどん山行に参加しようじゃないか!


1986年(昭和61年)11月 

山ヤとは…

今や時代は個人主義が先行している世の中である。
その中でN山の会という人間集団だけは例外である。
お互いに相手のことを思いやる心

これがN山の会をささえているもののように思える。
山行においては各自が自分の持っている力(ちから)を存分に出していただきたい。
例えば

   食料係になった者は、他のメンバーの為に、おいしいものをつくってやってください。

  また体力のある者は、体力のない人の為に、余分に担いでやってください。

  男の人は、女の人を守ってやってください。

  先輩の人は、後輩にやさしく教えてあげてください。

私は山行には「チームワーク」。これが最も大切なもののように思える。

メンバーは

  自分の担当をよく認識して山行に挑んでください。

  またリーダーを無視して勝手な行動をとらないでください。

リーダーは

  正しい判断のもとで行動し、メンバーを安全に家まで送り届けてください。

以上のような事は、皆さんすでに、ご存知だと思います。
が再度、頭の中に入れていただきたい。

「山ヤ」とは…山ヤであると同時に、立派な社会人でなければならない。

山ヤとは思いやりのある人間をいうのではないだろうか。


1987年(昭和62年)4月 

山ヤの新学期に備えて

N山の会の会則の最初の項にこう書かれている。

 自然登山を守り岳界に主張する。

 スポーツアルピニズムを追求する。

自然登山とは言わずもがな、G登山を含めた言葉であり、
スポーツアルピニズムとは、より困難、より極限に向かって努力する姿勢をいう。
こう書けば何だか堅苦しいが、

要するに、

  ちょっと自然に触れてみたくなったら、ヤブコギをやってみよう。

 山から遠ざかっている人にとっては、重い腰をあげて山に行ってみよう。

ということなのだ。

ある目標(ある山に登ることetc)を持ち、それに向かって一歩一歩、前進しようじゃないか!

最後に、登山行為においては、絶対に事故を起こしてはならない。
事故は山をよくやっている人でも起こる。

リーダー格の皆さん、決して慢心におちいることなかれ。天狗にならないで欲しい。

山ヤにとって、ここまでという境界(最終ゴール)はないはずだから。

さあ、N山の会の諸君、山ヤの新学期が始まったのだ。

新たな気持ちで、また「初心、忘るるべからず」の気持ちで山に行こうぞ!


1987年(昭和62年)10月 

夏山合宿を振り返って

これから秋山シーズンをむかえようとするが、過ぎ去りし夏山合宿山行を、
ちょっと振り返ってみたいと思う。

夏山合宿に参加された人は、さぞかし楽しく、また苦しかった山行として
良き思い出となっていることだろう。

私達、黒部別山(くろべべっさん)組は、黒部別山南尾根というギザギザの鋸のような
尾根を無事、突破することができた。

私は、この山行を通して3つのことが必要だと知った。

先ず、@・チームワークがあげられる。

皆んなの力の結集こそが成功への鍵だ。一人でもつまずいたならば、この山行は失敗に終わったことだろう。

私達は黒部6峰、5峰、4峰、3峰、2峰、1峰と次々にピークをこなしていき、
最後に2300メートルの南峰にやっと登りきった時、何回もバンザイをして、
お互いに手を握り合って、喜び合った。私はこの時ほど感動したっことはない。
思わず涙が出そうになったほどだ。

次に今さらながらA・基本が大事だと改めて知った。

中途半端なルートファイディング、岩登り、ボッカ、ヤブコギは
この黒部別山には通用しない。
確かなルートファイディング、岩登り、ボッカ、ヤブコギが要求される。
ボッカをしながらの岩登りは苦しい。


最後にB・何事にも立ち向かう精神力も必要だ。
ガスモヤの中に立ちはだかっている岩尾根は、まさに戦りつを誘うくらい不気味だが、
それに負けないでチャレンジする精神力があれば何とかなるものである。

私はこの夏山合宿において良き経験をしたと思っている。
この経験を無駄にせず、一つの糧として今後の山行を続けていきたいと思っている。

N山の会に幸いあれ!


1988年(昭和63年)3月 

山ヤよ、頑固であれ!

先日、「民芸」の俳優の宇野重吉さんが亡くなられた。
彼はガンと知りながら死ぬ直前まで舞台を務め抜いた。
ガン告知を受けても、残りの人生に敢然と挑んだ。

そんな気骨さと頑固さが今の時代には貴重だと思う。

山ヤも然り。死ぬまで山に登ろう。どんなに時代が変わろうとも、
自分の信念を決して崩してはいけない。
常に本当のものを見続けたい。では本当のものとは何か。
それは「愛」であり「喜び」であるように思える。

我々N山の会の仲間は「G登山」を主流として行動しているが、
たとえヤブコギで衣服がボロボロになろうとも、
満足感が得られば、それでいいじゃないか。

また自己疎外とか云われる現代において、N山の会こそは絶えず
「仲間意識」を持ち続けよう。

もし頂上にヘリコプターで行く人あらば、自分だけは一歩一歩と自分の足で登ろう。

そんな頑固さと反骨精神をN山の会の仲間よ 持ち続けようじゃないか!