c社の社内報より
1980年(昭和55年)10月号
剣岳賛歌
ふと山に行きたくなった。気がついたら列車に飛び乗っていた。
AM8時半、室堂に到着。ホテルの食堂でブルーマウテンを味わう。
窓を通して立山連峰をながめる。地図をひろげて今後のコースを目で追う。
目指すは雪と岩の殿堂―剣岳だ。昼頃、剣岳ふもとにある剣山荘に着く。
ここで一泊することにする。
暇だから詩集(西脇順三郎)をだして読む。
“くつがえされた宝石のような朝。何人か戸口にて誰かとささやく。それは神の生誕の日。”
翌朝は昨夜からの雨もあがり、まさに宝石のような朝をむかえる。
本の1ページをめくったような真新しい明るい朝だ。一服剣から前剣へ。
前剣からの剣岳の雄々しい姿に圧倒される。
身振いするほどの感動を覚える。
2年前、この山は魔の山のようにみえた。
その日は雷雨で頂上の上に電光がジグザグに走っていた。
まるで地球のひび割れのように。
今、私の目の前にある剣岳は青い空に浮かぶ黒々とした岩肌をもつ山である。
「剣よ!永遠にそのままであれ!」
ピークから剣山荘から真砂沢山荘までの剣沢雪渓が一望のもとに見える。
クレバスが所々に口を開いている。
またトンネルとなってスノーブリッジを形成している。
道端のナナカマドの紅葉が美しい。四季の変化を存分に楽しみながら歩く。
雪渓で何回もころぶ。すってんころりん。
剣沢を歩いていると大きな岩が前方に立ちはだかっている。
5mX15m位な長方形の岩だ。これが近藤岩だ。
首を90度回転して上をあおぐと三の窓の雪渓が目に入ってきた。
北股の雪渓と較べ急勾配だ。
二股のゆらゆら揺れる吊橋を渡って急な登りを2時間位続けると仙人池小屋だ。
ここは標高2千m位だろうか。
仙人池に写る剣岳北面の針峰群(チンネ、ニードル、八ツ峰、三の窓の頭など)が美しい。
夕方の針峰群は昼間と違って最高だ。針峰群の黒さとその上に浮かぶ三日月の白さ。
針峰群はまるでおとぎの国の城壁のようだ。
月は時間が経つにつれてだんだんと下がっていく。
お城の中にすいこまれていく。星の王子様がお月さんを呼んでいるのだろうか。
帰りに緑色の森林の中に白く淡い湯煙をみる。仙人湯だ。まるで墨絵のようだ。
道端には白色の花が所々に咲いている。秋は白色。
阿曽原から長い長い水平歩道(歩いて5時間)を歩き、欅平に到着。
やっと緊張感から解放される。ここから出ている列車がおもしろい。
遊園地にあるあの豆列車だ。
私は童心にかえって、この列車に乗り込んだ。
黒部渓谷にそって、この豆列車は小さいながらも力強く黙々と走り続けていった…
1981年(昭和56年)10.11月号
グヌン、キナバル!
「おお、キナバルだ!」
私は思わず叫んだ。頂は雲におおわれて、はっきりしないが、裾がとても広い、
間違いなくあれがキナバルだ。
我々4名は、その光景をMH64の機内の窓から目をさらのようにしてのぞきこんだ。
明日、あの山を登るんだと思うと胸がときめく。
マウント・キナバル。標高4101m。富士山よりも300mほど高い。
東南アジアで一番高い山だ。
キナバル山は東マレーシアのサバ州(ボルネオ島)にあり、クロッカ山脈の東端に位置する。キナバルとはカダサン族の言葉で「死者の住むところ」という意味だそうだ。
確かに岩だらけの青黒く荒廃とした情景は不気味だ。
キナバルはボルネオの密林の奥地に厳然としてそびえたっている。
花崗岩の巨大な岩塊だ。遠くから眺めると山の頂に軍艦が乗っているように見える。
我々はサバ州の州都コタキナバルからキナバル山麓のパークヘッドクオータまでの90kmをマイクロバスに揺られ揺られ胃がおかしくなるほどだった。前の車の砂煙で視界がゼロ。
このラナウ街道は戦争中、日本軍が造った道だそうだ。途中、高床住居がみられる。
水牛や馬がのんびり雑草を食べている。
パイナップルやドリアン、マンゴなど売っている露店が砂煙の間から見える。
3時間程でパークヘッドクォータに到着。
ここには500種の野鳥、350種の蝶類、800種のランが生存し、世界各国から昆虫採取、ラン採取にその道の専門家達がたびたび訪れるそうだ。ここで私が最も驚いたことがある。
それは我々が入山手続をやっている時に、13歳位の小柄な少女が3人、公園管理事務所に入って来て、我々の荷物を担ごうとした時だ。
「まさか あの少女達が」と思っていた矢先である。
彼女達はポータだったのだ。この時のショックは忘れられない。
さて、これからパナラバンハットまで1500m位の高度をかせがないといけない。
急登の連続である。熱帯樹林の木の根っこが力強く道にはりついている。
野鳥のさえずりが遠くから聴こえる。空がだんだん暗く染まっていく。
我々は月明かりを頼りに登り続けた。
6時間後、やっと山小屋までたどりついた。
ローソクの光の中で外人達(ドイツ人、オーストラリア人ほか)の話し声が聞こえる。
日本人は我々だけだ。
翌朝、我々は更に最高峰ローズピークを目指して登り続けた。
4000m付近で何となく呼吸がしにくい。息苦しく少し頭痛がする。
どうも軽い高山病にかかったようだ。
3時間後、遂に我々はピークを踏んだ。
「やった!」私はぼう然として立ちすくんだ。
雲海が眼前に広がる。
大自然の一点に私達は立っているのだ。
喜びが序々に体内から湧き出るのを覚える。
その登頂の喜びと同時に過去のことが走馬燈のように次々に思い浮かんでくる。
1年前にこの山行の計画を立てた時のこと。
そしてその為にトレーニングをしてきた日々のことなど。
永かった。
それが今や達成されたのだ。
私は今、その時の余韻を帰りの飛行機の中でブランデーを片手にしながら楽しんでいる。
「スラマットティンガル。グヌン キナバル…(さようなら。キナバル山…)」